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Author:noguchiizumi
野口泉
オイリュトミスト
武蔵野美術大学映像学科卒。
2002年より舞踏家笠井叡に師事、オイリュトミーを学ぶ。オイリュトミーシューレ天使館第三期及び舞台活動専門クラスを経て、愛知万博「UZUME」(2005)「高橋悠治演奏「フーガの技法とオイリュトミー」(2008、2010)、「ハヤサスラヒメ」(2012)、「蝶たちのコロナ」(2013、2014)、「毒と劔」(2015) など様々な公演に出演。放射能からいのちを守る山梨ネットワークいのち・むすびばとの共同公演「アシタノクニ」や、「きつねおくさまの!ごけっこん」(2014)、シュタイナー農法研究会(「種まきカレンダーを読み解く」)などを開催。オイリュトミーに関わるイベントを企画する「レムニスカート」を主宰。

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お花見スポット国立と廃墟




東京は昨日、桜の開花宣言がされたそうですね。

私の住んでいる国立市は、JR国立駅の南に大学通りという桜並木があり、

夜桜見物も気軽に出来て、お花見におすすめです。


ずっと改装中だった国立駅にも新店舗が建設中、徐々に姿を表しつつあります。

昔の駅のたたずまいの方が好きですが、新しいものにはやはり心躍りますね。


えき1_convert_20150324153628 


それとはうらはらに、

大学通りの入り口の廃墟はどうなるのかな、とずっと思っています。


好立地にもかかわらずここだけ10年近く空き家。



何か事情があるのでしょうが、他が華やかなだけに異様な雰囲気です。

夜は入り口前に家なき人が寝ているので、使い道ないなら解放したらいいのに、と思ってしまいます。

場所柄、街のインフォメーション、情報交換の場などのオープンスペースも良いですね。



ちなみにこの場所、以前はサンリオグッズ屋さんでした。

とりあえず家賃は高そうですので、なかなか個性的な店舗は入れないのが実情でしょうか。


また、大学通りスターバックスの2Fもどうなっているのか謎のスペースです。


お花見で国立に来られた際は、ぜひチェックしてみてくださいね!







きつねおくさまの!ごけっこん in 仙台

2014年夏、甲府で初演いたしました、


「きつねおくさまの!ごけっこん」

仙台公演が決定しました!



うさぎの親戚!友人一同による にんぎょうじゃうりる
きつねおくさまの!ごけっこん in 仙台



場所 : アトリエ  トモ(仙台市太白区砂押町6-1)

駐車場20台有り(無料)
*公共交通機関利用の方は、電車とバスダイヤについてご案内させていただきますので、予約される時にお問い合わせ下さい。



料金 : 大人/ 1,200円 中学生以下/ 800円 未就学児 / 500円



開催日時:

4月4日と4月5日
子ぎつねたちの回(※4歳以上のお子様対象です)
開演 14:00 (開場 13:45)



4月4日のみ
大人きつねたちの回 (中学生以上)
開演 19:00 (開場 18:30)


各回とも上演時間はおよそ40分
要予約(各回  定員20名)
兄弟姉妹3人以上割引あります。


*ワンドリンク+おやつ付き。
終演後は「アトリエ トモ」…木の香りの “あんびりいばぼう空間” で Tea Time  をお楽しみ下さいませ。


早くも子ぎつねたちの回は予約がひっきりなしに入っているそうです。
お早めのご予約、お待ちしておりま〜す



ご予約・お問い合わせ
kitsuneokusama@gmail.com
090-6682-1449 
090-6627-5670
(月のピトゥリ)

出演/ ねこ きつね おおかみ 他

構成・演出・朗唱/ 鯨井園
動作/ 野口泉

鯨井  園
オイリュトミスト。東京生まれ。
東京造形大中退。'77年より仙台にてこどものアトリエ活動。
'85年より笠井叡オイリュトミー講座受講。'95年笠井叡オイリュトミー•シューレ天使館第1期卒。'96年より仙台を中心に主に東北で幼児から大人までのオイリュトミークラス、および、フォルメン線描•パステル画•羊毛 などの芸術体験を柱とした活動を展開している。'06より月のピトゥリ主宰。20世紀初頭に神秘思想家 ルドルフ•シュタイナーが、その宇宙観•世界観•人間観 から考案したオイリュトミー(カラダ•声•音楽•動きの親和力)Eu-rythmie の作用が、2011年3月11日の東北大震災を経た今、日々展開するこのITシステムの中で言葉を言霊として体感させるものであることを再認識している。'14年10月 笠井叡演出 メキシコ セルバンティーノ国際芸術祭招聘作品「ハヤサスラヒメ」公演参加。

野口泉
オイリュトミスト。武蔵野美術大学映像学科卒。
2002年より舞踏家笠井叡に師事、オイリュトミーを学ぶ。オイリュトミーシューレ天使館第三期及び舞台活動専門クラスを経て、愛知万博「UZUME」(2005)「高橋悠治演奏「フーガの技法とオイリュトミー」(2008、2010)、「ハヤサスラヒメ」(2012)、「蝶たちのコロナ」(2013、2014)、「毒と劔」(2015) など様々な公演に出演。放射能からいのちを守る山梨ネットワークいのち・むすびばとの共同公演「アシタノクニ」や、「きつねおくさまの!ごけっこん」(2014)、シュタイナー農法研究会(「種まきカレンダーを読み解く」)などを開催。オイリュトミーに関わるイベントを企画する「レムニスカート」を主宰。


主催/企画/制作 月のピトゥリ   
協力 レムニスカート
Special  Thanks 「アトリエ トモ」

仙台表_convert_20150311222237仙台裏_convert_20150311222302

毒と劔(どくとつるぎ)

ご無沙汰しております。
オイリュトミストの野口泉です。

2015年もあっという間にひと月が過ぎようとしています。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて来月、2月14日(土)、15日(日)にはオイリュトミーで出演させていただく舞台があります。

オイリュトミスト・ダンサーの鯨井謙太郒氏の
「Kentaro Kujirai | Compeito」(ケンタロウクジライ コンペイトウ)
としての初主催公演、その名も、


『毒と劔』



去年、福島・東京において上演された、

アンサンブル・ゲズントハイトとオイリュトミストによる
神話的アヴァンギャルド!!!『タマユラ』
(各公演主催:NPO法人そらまめ、プロジェクト・タマユラ)で、

「ベートーヴェンの月光第三楽章」を踊った、オイリュトミストの浅見裕子さん、
定方まことさんと再びのトリオ。

そして今回は、舞踏家の大倉摩矢子さん、ダンサーの四戸由香さんという素晴らしく魅力的な踊り手との共演となります!!!


 さらに、詩人の城戸朱理氏が、鯨井氏の依頼を受け、
この公演のために書き下ろした新作、

  

 「elements~私の作詩法」


が、作品の重要な骨子となっています。




---



鯨井氏の持ち味である、繊細にしてロックンロールな演出が冴えわたる稽古場は
毎日刺激に満ちています。



みなさま、ぜひご期待ください!



【公演情報】

2015年2月14日(土) 19:00|15日(日) 14:00/19:00

場所:神楽坂セッションハウス
(アクセスマップはこちらをクリック↓)
http://www.session-house.net/map_access.html

『毒と劔』

《声から身体へ、踊りから言葉へ。
 詩とダンスの発生を生き、世界の新生を舞う。》_____ 城戸朱理

構成・演出・振付|鯨井謙太郒
テクスト・朗読|城戸朱理

〈出演〉
 大倉摩矢子
 四戸由香
 野口泉
 浅見裕子
 定方まこと
 鯨井謙太郒

〈テクスト〉
    城戸朱理
   「elements~私の作詩法」(書き下ろし新作)
   「漂流物」

    北原白秋
   「建速須佐之男命」

【チケット】
 前売一般 3,000円 (学生2,500円)
 当日一般 3,500円 (学生3,000円)
 ※未就学児のご来場はご遠慮ください。


   ご予約・お問い合わせ
Kentaro Kujirai | Compeito
   info@compeito.works

セッションハウス企画室
   mail@session-house.net
   03-3266-0461

舞台監督|外園彩織
照明|石関美穂
音響|角田寛生
宣伝美術|角田寛生
宣伝写真|小野田桂子
撮影|テレコムスタッフ

主催・制作|Kentaro Kujirai | Compeito
後援|思潮社・神楽坂セッションハウス

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『聖者たちの食卓』


インターネットを介して年末のごあいさつです。

みなさんいかがお過ごしでしょうか。
オイリュトミストの野口泉です。


さて、渋谷区で年末の炊き出しを阻止する措置が取られていますね。
どうして渋谷区はそのようなことをするのでしょうか?

渋谷区としてのメリットがそれほどあるとは思えません。
「街の景観を損ねる」との有力区民からの声でも上がったのでしょうか。
いずれにしろ不可解な出来事と言わざるを得ません。



最近「聖者たちの食卓」というドキュメンタリー映画を見ました。 


「インドには、毎日10万食の豆カレーを
ふるまうスゴいお寺がある!」


このコピーを見て、美味しそうなカレーがつぎつぎと出てくる、
コマーシャリスティックな映像を想像した私は、
期待に胸を膨らませ、映画館に駆け込みました。

しかし、そんな気持ちを軽く凌駕し、
この映画で繰り広げられたのは、想像を絶するものでした。
映画自体が奇跡の瞬間の連続だったと言っても過言ではありません。





黄金寺院<ハリマンディル・サーヒブ>では500年以上に渡り、
毎日10万人が訪れるという無料食堂がボランティアで賄われているのです。


そこで行われているのは、毎日、たんたんと祈りのように行われるさまざまな作業。

準備は早朝から。
畑にしゃがんで何万ものじゃがいもを掘り出す人たち、
無駄のない手つきでえんえんと掘り続ける。

掘り出したいもを集める人、袋に入れて口を縫う人、
腰の高さまである袋をトラックまで運ぶ人、

硫化アリルが目にしみるのは若者も年増の奥さんも同じです。
シートの上にしゃがんでひたすら玉ねぎを刻む。

にんにくの皮むき、山と積まれたにんにくをひたすらむく。
老人がむいたものを若者が集めていく。

牛からしぼってきたミルクを大鍋に移して二人で運ぶ。何往復も。
こぼさないためにはなるべく小刻みな足取りで素早く移動すること。
息を合わせて一気に運ぶ。

何万トンもの小麦粉を練る人。丸めて放り投げる人。(この作業たのしそう!)
丸めたものはすぐ小山になる。それを平たくのばす人。
チャパティがリズミカルにひっくり返されこんがり焼かれる。

どの場面でもすばらしい連携プレーが自然な形で行われている。
だれも急ぐことなく、急がせることなく。
老若男女がおもいおもいの姿勢で、自分のペースで仕事をおこなう。
無駄な人は誰一人としていないようだ。

そしてこれらの人々は、すべてボランティアなのだ。


そして、


やがて食事の時間が来る。

一回の食事を一緒に摂れるのは5,000人。人々が大広間に殺到する。
ここではどんな身分の人も同じ部屋で並んで食事をする。

10万人の食事を賄うには、1日に20回の給仕が行われる計算だ。
それに伴うまるで曲芸のような皿洗いも。。。



そして日が暮れていく。



************************


脅威のコミュニケーション


このドキュメンタリー映画を見て感じたのは、
「なぜこんなことが成り立つのだろうか?」という疑問、
そして、「もはや自分にはこのような生活は絶対にできない」というあきらめに似た確信です。


社会のオートメーション化によって私たちは幾分か「いらない存在」になったのかもしれません。
このような地に足のついた生活を、利便性と引きかえに手放した、とも言えます。

そのかわり私たちはパソコンやスマートフォンを手にしました。

電車の中ではほぼ9割方がモバイル機器を見ていますよね。
私も1日の大半をパソコンの前で過ごすことも多いです。

そんな日本現代社会のなかにいる自分が、全て手作業で10万人分の食事を作るということは、
高尾山にしか登ったことがないのにフィッツロイに挑むようなもの。
まったく現実感がありません。

各世代が相互に連携し、かつ個人の自由度も保たれたコミュニケーションを保ちながら、
何かを作り上げていくという機会は、現代日本において、永遠に失われてしまったかに見えます。





さてここで一つのお話を紹介したいと思います。


「ホレばあさん」というグリム童話です。


あるところに、
美しい働き者の娘と、みにくい怠け者の娘がいました。
みにくい娘はお母さんに可愛がられ、
美しい娘はうとまれ、いじめられていました。

ある日、美しい娘が糸巻きを追って泉に落ちてしまいます。

そこで泉の底にある世界を歩いていると、

パン焼きかまどに出会います。

中からパンが娘に呼びかけます。
「早く出しておくれ、わたしたちはもう焼き上がっているんだから」

美しい娘はパンを出してあげます。

また娘が歩き出すと、今度はりんごの木がありました。

りんごの木には実がたくさんなっていて
「この木をゆすって私たちを落としておくれ。
私たちはもう熟しているのだから。」
と、呼びかけました。

美しい娘はりんごの木をゆすって実を落とします。

しばらく歩くと、娘はホレおばあさんの家にたどり着きます。
立派に仕事を手伝い、こちらの世界に返してもらう時には、
娘のからだには黄金の雨がふりそそぎ、
その輝きは二度と娘から離れることはありませんでした。


このあと、みにくい怠け者の娘も、泉にわざと落ち、
美しい娘と同様に、パン焼きかまどとリンゴの木に出会います。

しかし、みにくい娘は、パンが焼けていても窯からパンを出さす、
リンゴの実を落とそうともしませんでした。
ホレおばあさんの家でもなまけてばかりです。

みにくい娘が地上に帰る時にはコールタールの雨がふりそそぎ、
そのねばねばは、一生取れることはなかったのです。





さて、美しい娘はパンをかまどから出し、りんごを落としますが、
それらを自分で食べません。
ほっぽらかして先へ行きます。

それではリンゴやパンは
いったい誰が食べるためのものなのでしょうか?

『メルヘンの世界感』という書籍のなかではこう解釈されています。

「これらの収穫物は、自分自身の地上(泉に落ちる前の世界)での行いの成果としての、りんごとパン
であると同時に、その食べ物は高次の存在の糧となっているのです。」

高次の存在はなんなのか、という問題は置いておき、
さて、このことを「聖者たちの食卓」でカレーを作る作業をしている人たちに当てはめてみましょう。

朝から晩までボランティアで10万食をつくる人々は、
自分のためだけの食事を作っているわけではありません。

おそらく自分の行為が現実世界だけのために行われているわけではない、という認識があるんだと思います。
そして「ホレおばあさん」の“美しい娘”はこのような認識をもった人物像として描かれています。


反対に、自分の行いがどんなものを助長しているのかに無頓着であるという意味において、渋谷区長は“みにくい娘”であると言えます。

パンが焼けていても窯からパンを出さす、実ったリンゴの実を落とそうともしない。
それらは誰にも食べられることなく、腐っていくのです。

日本では拝金主義という信仰が主流です。
多かれ少なかれ、お金がなければ老後は地獄だ、と思い込まされている。
それはインド人が来世を信じるのと同じくらいの強度でもって私たちに浸透している思想です。

しかし本当にそうでしょうか?

本当は、お金がなければ生きられない社会のほうがおかしいですよね?





この現代日本で、
誰かのためにパン焼きがまからパンを取り出し、リンゴの木をゆすることができるだろうか。

この“聖者たち”のように10万食をボランティアで賄うことはできないかもしれないが、
抽象的なことにしろ、具体的なことにしろ、できることはいろいろあるな、と思う大晦日です。



それでは来年も良い年にしましょう。
良いお年を!



【作品情報】
『聖者たちの食卓』
監督:フィリップ・ウィチュス、ヴァレリー・ベルト
2011年 65分
渋谷・アップリンクにて上映中!(2014年12月31日現在)
http://www.uplink.co.jp/movie/2014/29817

神山貞次郎さん写真集



写真は決して過去にとどまっていない。


50年前の自分、1分前の自分、毎秒毎の自分が全て、生きて存在する世界がある。


その世界は、この現実世界と交わることはないが、

何の間違いか、こちらの世界に姿をあらわすことがある。
(突然あらわれたブラックホールのように)



それがこの,
『神山貞次郎写真集 I LOVE BUTOH !』なのである!


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現代書館刊

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